陰徳をつむということ

気づき・学び

人は、良いことをすれば誰かに認められたいと思うものです。

褒められれば嬉しく、感謝されれば心が温かくなる。それもまた自然な心の働きでしょう。

けれども、昔から大切にされてきた言葉に「陰徳を積む」というものがあります。

人の見えないところで、そっと善い行いを重ねること。

それを、陰で積む徳――陰徳と呼びます。

たとえば、誰も見ていない場所を静かに掃き清めること。

困っている人に、名も告げず手を差し伸べること。

あるいは、言葉にせずとも、誰かの幸せを願うこと。

それらは表に現れず、拍手も起こりません。

けれど、そうして積まれたものは、土の中で育つ根のように、やがて確かな力となって人生を支えてくれるものです。

もちろん、人の前で徳を積むことも尊い行いです。

善いことを広め、周りを明るくする力があります。

しかし陰徳は、それとはまた違う静かな尊さを持っています。

陰徳には、誇りも、見返りも求めない心が宿ります。

ただ「そうするのがよい」と信じて行う行いは、誰に知られずとも、必ず自らの内側を整えていきます。

仏の教えにも、善い行いは形ではなく心に宿ると説かれます。

人が見ているかどうかではなく、自分の心がどうあるかが大切なのです。

目立たぬところで積まれた徳は、すぐに結果として現れないかもしれません。

それでも、静かに、確かに、人生の流れを穏やかな方へと導いてくれるものです。

誰も見ていないからこそ、できる善い行いがあります。

今日もまた、誰にも知られぬ小さな徳を、ひとつ重ねていきたいものです。

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