雨が降っている間、傘は命綱のように大切に扱われる。
濡れぬよう、壊れぬよう、手放さぬようにと気を配る。
けれど、ひとたび雨が上がり空が明るくなると、その傘は用済みとばかりに脇へ置かれ、やがて忘れ去られてしまう。
「雨晴れて傘を忘れる」——
この言葉は、人の心の弱さと移ろいを、あまりにも端的に映し出している。
人は困っているとき、誰かの助けや言葉、支えに必死にすがる。
その存在があるからこそ、今日を越えられたという場面も少なくない。
しかし状況が好転し、余裕が生まれた途端、あのときの恩や温もりは、記憶の奥へと押しやられてしまう。
それは悪意ではない。
多くの場合、ただの「慣れ」や「安心」がそうさせる。
だが、そこに人としての品格が問われる分かれ道がある。
本当に大切なのは、雨の最中の感謝ではない。
晴れたあと、何事もなかった日常の中で、なお覚えていられるかどうか。
傘を差さずに歩ける日こそ、そのありがたさを思い出せるかどうかだ。
商いでも、人間関係でも、人生でも同じである。
苦しい時に差し伸べられた手を、都合が良くなった途端に忘れてしまえば、やがて信は薄れ、縁は静かに離れていく。
逆に、順境の中でこそ感謝を形にできる人は、長く信頼され、また新たな助けを自然と引き寄せる。
傘は、雨のためだけにあるのではない。
「忘れるな」という教えを、静かに手渡してくれる存在でもある。
晴れた空の下を歩くとき、ふと立ち止まり、
あの雨の日を思い出せるか。
傘を忘れぬ心を持てるか。
その積み重ねが、人の在り方を、そして人生の深みを決めていくのだと思う。

