「我田引水(がでんいんすい)」とは、自分に都合のよいようにばかり考え、行動することを意味する言葉です。
本来は、農村において水は皆で分け合う大切な恵みでした。
にもかかわらず、自分の田んぼだけに水を引き入れてしまう。
その姿から生まれたのが、このことわざです。
自分優先が当たり前になった時代
現代は忙しく、「自分の用事が一番」「余裕がないから仕方がない」
そうした言葉が、いつの間にか正当化されやすい時代です。
・都合の良い時だけ連絡を取る
・こちらからの連絡には応じない
・相手の立場や時間を想像しない
これらはすべて、小さな「我田引水」と言えるかもしれません。
本人に悪気がなくとも、水を奪われた側の田は、確実に干上がっていきます。
水は巡り、心も巡る
水は不思議なもので、
一箇所にせき止めれば濁り、
巡らせれば澄んでいきます。
人の心も同じです。
自分だけに引き込もうとすれば、関係は滞り、
少し譲り、少し分け合えば、信頼という清流が生まれる。
「損をしたくない」という思いが強くなるほど、
実は一番大切なもの――人との縁を失っているのかもしれません。
我田引水を戒めるということ
このことわざは、他人を責めるための言葉ではありません。
本来は、自分自身への戒めとして使われてきました。
今の判断は、自分本位ではないか 相手の立場に、水は行き渡っているか 一歩引くことで、守れるものはないか
そう問い直すための、静かな鏡のような言葉です。
終わりに
田に水を引く向きは、心の向き。
自分の田だけが青々としても、
周囲が枯れてしまえば、やがてその田も守れません。
分け合うことは、失うことではない。
巡らせることが、豊かさを育てる。
我田引水という言葉は、
今を生きる私たちにこそ、
そっと置いておきたい教えなのかもしれません。

