生きることは、辛いこと
お釈迦様は、悟りを開かれたのち、
最初に何を説かれたか。
それは、
「生きることは、苦である」
という厳しくも真実の教えでした。
華やかな希望でも、
耳触りの良い言葉でもありません。
しかしこの教えは、
人を突き放すためのものではなく、
人を救うための出発点でした。
生きていれば、
思い通りにならないことばかりが起こります。
老い、病、別れ。
愛する人とのすれ違い。
努力が報われない悔しさ。
理由のわからぬ不安や孤独。
誰一人として、
苦しみを避けて生きることはできません。
お釈迦様は、
それを「あなたの弱さ」だとは言われませんでした。
それが、人として生きる姿なのだ
と、静かに示されたのです。
苦しみの正体は、
外の出来事そのものではありません。
「こうであってほしい」
「失いたくない」
「変わらないでほしい」
そう願う心、
**執着(しゅうじゃく)**こそが、
苦しみを生み出す根であると説かれました。
変わらぬものを求めるから、
変わる現実に心が傷つく。
それは誰にでも起こる、
ごく自然な心の働きです。
では、どう生きればよいのか。
お釈迦様は、
「苦しみを消せ」とは言われませんでした。
苦しみを、正しく知りなさい
そう教えられたのです。
苦しいときは、
無理に前向きにならなくていい。
逃げてもいい。
立ち止まってもいい。
ただ、
「これは人生の一部なのだ」と
静かに認めること。
それだけで、
心の重さは少し和らぎます。
生きることは、確かに辛い。
けれど、
辛さがあるからこそ、
人は人の痛みを知り、
思いやりを持つことができます。
苦しみを知る者だけが、
やさしくなれる。
お釈迦様の教えは、
厳しさの中に、
深い慈悲を宿しています。
今日もまた、
思い通りにならぬ一日かもしれません。
それでも、
あなたがここに生きていること自体が、
すでに尊い。
苦しみを抱えながら生きるあなたを、
この教えは、決して否定しません。
生きることは、辛い。
それでいい。
その辛さを知った先に、
静かな光が、
必ず残るのです。
