ある日のこと。
ふとした一言が、胸の奥に残り続けることがあります。
「よくよく、くよくよ、いらいら」
偉いお坊さんにそう言われた、話を思い出しました。
はじめは、どこか調子のよい言葉の並びに聞こえます。
けれど、よくよく味わってみると、そこには人の心の流れが、そのまま映されているように思えてきます。
欲を出す。
もう少し、もう一度、もう少しだけと、手を伸ばす。
その瞬間は、希望のようであり、期待のようでもあります。
けれど、その先にあるのは、思い通りにならなかった時の落差です。
「あのとき、やめておけばよかった」
「なぜ、もう一度やってしまったのか」
そうして、人はくよくよと考えはじめます。
過ぎたことを何度もなぞり、変えられない過去に心を置いたまま動けなくなる。
そしてやがて、いらいらへと変わっていく。
自分に対して、あるいは状況に対して。
ときには、何の関係もない誰かにまで、その棘が向いてしまうこともあります。
欲からはじまり、くよくよし、いらいらする。
この流れは、誰の中にも静かに潜んでいるものなのかもしれません。
けれど――
その言葉には、もう一つの意味があるようにも感じます。
「よくよく」と、まず立ち止まること。
ほんとうにそれは必要なのか、と見つめること。
そうすれば、くよくよする前に気づけるかもしれない。
いらいらする前に、手を放せるかもしれない。
欲そのものが悪いわけではなく、
それに飲まれてしまうとき、心は揺れはじめる。
ほんの少し距離を置くだけで、
同じ出来事も、違った景色に見えてくることがあります。
「よくよく、くよくよ、いらいら」
軽やかな言葉の奥に、
人の心を整えるための、静かな教えがありました。
今日一日を振り返るとき、
自分の中にその流れがなかったか、そっと見つめてみる。
それだけで、心は少しだけ穏やかになるのかもしれません。

