朝の光が、静かに部屋へと差し込んできました。
湯気の立つ湯のみを手に、まだ少し冷たい空気を感じながら、ふと過去のことが胸に浮かびます。
あの時、どうしてあんな言葉を言われたのか。
なぜ、あの人はああいう態度だったのか。
思い出すたびに、小さな棘のような痛みが心の奥に残っていることに気づきます。
人は、忘れることはできても、完全に消し去ることは難しいものです。
だからこそ「許す」という言葉は、どこか遠く、重く感じられるのかもしれません。
けれど、ある時ふと思うのです。
許すとは、相手のためだけではないのだと。
握りしめていたものを、そっと手放すように。
胸の奥で固くなっていた思いを、少しずつほどいていくこと。
それは、自分自身を楽にしてあげる行いなのかもしれません。
無理に忘れようとしなくていい。
無理に笑おうとしなくてもいい。
ただ、「もういいか」と、静かに心に言ってみるだけでいいのです。
許すというのは、決して弱さではありません。
むしろ、抱え続ける苦しさを知っているからこそできる、ひとつの強さです。
人は誰しも、不完全なまま生きています。
知らず知らずのうちに誰かを傷つけ、また自分も傷つきながら。
その中で、少しずつ優しさの形を覚えていくのでしょう。
許すこころとは、相手を解き放つことではなく、
自分の心を、静かな場所へと戻してあげること。
今日もまた、誰かに対してではなく、
自分自身に向けて、そっと言葉をかけてみます。
「もう、いいよ」と。
その一言が、明日へ続くやわらかな光になりますように。

