朱に染まる山を歩く

参拝記

――伏見稲荷大社参拝記――

昔、夏に訪れた伏見稲荷。

強い陽射しに照らされた朱色の鳥居は、今思い返しても鮮烈でした。
汗を拭きながら石段を登り、ふと振り返れば、京都の街並みが遠くまで広がっている。

あの日の空の青さ。
山を抜ける風。
蝉の声。

どれも、まるで時間の奥に残っている風景のようです。

伏見稲荷は、多くの人が願いを持って訪れる場所。
けれど、自分にとっては「願う場所」というより、
“心を整える場所”だったのかもしれません。

朱色の鳥居をくぐり続けていると、
現実と非現実の境界が少し曖昧になる瞬間があります。

商売のこと。
人とのご縁。
これからの生き方。

普段は頭の中で散らばっているものが、山道を歩くうちに、不思議と静かに並び直されていく。

途中で見つけた古い茶屋や、年季の入った木の建物にも、心を惹かれました。
新しいものにはない、長い時間を耐えてきた風景。

それはどこか、焼き物にも似ています。
火をくぐり、時を重ね、ようやく出る味わい。

夏の伏見稲荷は暑い。
けれど、その暑さの中にしかない空気があります。

汗を流して歩いた先にある静けさ。
鳥居の隙間から差し込む光。
山の匂い。

今でも時折、あの朱色の道を思い出します。

人は時々、
理由もなく「また行きたい場所」があります。

伏見稲荷は、自分にとって、そんな場所のひとつです。

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