kamiyui

参拝記

伏見稲荷大社 参拝記|千本鳥居の歩き方とご利益を体感して 

――伏見稲荷大社参拝記――昔、夏に訪れた伏見稲荷。強い陽射しに照らされた朱色の鳥居は、今思い返しても鮮烈でした。汗を拭きながら石段を登り、ふと振り返れば、京都の街並みが遠くまで広がっている。あの日の空の青さ。山を抜ける風。蝉の声。どれも、ま...
参拝記

永源寺(滋賀・東近江)参拝記|青もみじの季節に訪れた静寂の古刹  

滋賀県東近江市にある、古刹・永源寺へお参りに行ってまいりました。山あいに佇むその寺は、門をくぐった瞬間から空気が変わります。青もみじに覆われた山門。柔らかな光が瓦屋根に差し込み、石畳には静かな時間が流れていました。秋の紅葉で名高い永源寺です...
参拝記

室生寺(奈良)参拝記|女人高野と呼ばれる山深き祈りの空間      

奈良の山深く。杉木立に包まれた静かな道を進んでいくと、そこに現れるのが室生寺。「女人高野」として古くから信仰を集めてきたこの寺は、ただ建物を見る場所ではなく、山そのものが祈りの空間になっているように感じました。仁王門をくぐった瞬間、空気が変...
参拝記

普賢寺(山口県光市室積)参拝記|海を守護する古刹の歴史とご利益  

山口県光市室積・普賢寺山口県光市室積。市ホームページより引用あり穏やかな海を望むこの地に、古くから「海の菩薩」として広く信仰を集めてきた寺があります。それが、普賢寺です。昔から海に生きる人々にとって、海は恵みであると同時に、恐ろしさを持つ存...
参拝記

岩國白蛇神社(山口県岩国市)参拝記|白蛇が守る金運と縁結びの社   

―― 山口県岩国市・白蛇神社参拝記 ――山口県岩国市にある、岩國白蛇神社へお参りに行ってまいりました。境内へ足を踏み入れると、どこか空気が澄み、静かな緊張感の中に、不思議と心が落ち着いていく感覚がありました。岩国の白蛇は、古くから「神の使い...
生き方の工夫

義理と人情とは何か|現代に忘れられた大切な人間関係の在り方

人は、時代とともに変わっていきます。便利さを手にし、効率を重んじるようになった現代において、いつしか心の中の「大切な何か」が、静かに薄れているようにも感じます。その一つが、義理と人情ではないでしょうか。義理とは、受けた恩を忘れず、筋を通すこ...
日常の教え

大切なものに気づかないまま遠ざかる理由|仏教から学ぶ日常の気づき

静かな朝のひととき。湯気の立つ湯呑を手にしながら、ふと胸に浮かんだのは「有難う」という言葉のことでした。日々の中で当たり前のように交わされるその一言。しかし、その当たり前がふと途切れたとき、人の心は思いのほか敏感に揺れるものです。先日、何気...
生き方の工夫

許すということの意味|怒りを手放すための仏教的な考え方

朝の光が、静かに部屋へと差し込んできました。湯気の立つ湯のみを手に、まだ少し冷たい空気を感じながら、ふと過去のことが胸に浮かびます。あの時、どうしてあんな言葉を言われたのか。なぜ、あの人はああいう態度だったのか。思い出すたびに、小さな棘のよ...
心の整理・思考法

くよくよ・いらいらの正体とは|心を乱す感情の根っこを仏教で考える

ある日のこと。ふとした一言が、胸の奥に残り続けることがあります。「よくよく、くよくよ、いらいら」偉いお坊さんにそう言われた、話を思い出しました。はじめは、どこか調子のよい言葉の並びに聞こえます。けれど、よくよく味わってみると、そこには人の心...
生き方の工夫

「回向返照」とは?禅語に学ぶ、自分の内を見つめる生き方   

人はつい、他人に目を向けてしまうものです。誰かの成功を羨み、誰かの失敗に安心し、知らず知らずのうちに、心の軸を外へと預けてしまう。しかし禅語に「回向返照」という言葉があります。それは、外へ向けていた意識を、自分の内へと返すこと。他人を見る余...